藤原初男(1951〜2010) ※所属は、撮影時点のものです。
元東海学園大学女子ソフトボール部監督
元東海学園高校女子ソフトボール部ピッチングコーチ
1951年宮崎県生まれ。日本体育大学卒業(体操・応援団)
卒業後、教員になり、ハンドボール・バレーボールの指導歴あり。
1979年一宮女子高等学校ソフトボール部の監督に就任。
初心者の指導には定評があり、藤原マジックといわれる。 香川インターハイ初出場をきっかけに全国大会連続出場。 国民体育大会準優勝2回、全国選抜大会3位2回、インターハイベスト16など。
2005年6月 東海学園大学女子ソフトボール部監督就任
2007年8月 西日本大学選手権大会初優勝
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全国大学選手権大会優勝を目指していたが、志なかばで帰らぬ人となる。
癌に侵されていたが最期までグランドに立ち続け、ソフトボールをこよなく愛した人。
2006年ソフトボール上達練習法研究会発足以来、藤原氏の指導を受けたチームが全国優勝するなど、指導力には定評あり。特に投手指導に関しては、小学生から中高、一般選手まで親切丁寧でわかりやすい指導法で、藤原理論を実践する指導者・選手は全国にたくさんいる。
ソフトボールの底辺拡大・普及・発展に貢献。
ご遺族の協力のもと、今後は藤原理論DVD教材の収益の一部を「藤原初男ソフトボール基金」として、ソフトボールの普及に活用していく。
才野眞
須磨ノ浦女子高等学校ソフトボール部部長(元監督)
1956年 兵庫県生まれ。
1975年3月 三田学園高等学校卒
1980年3月 中京大学体育学部卒 在学中第8回明治神宮野球大会出場
1980年4月 学校法人 睦学園須磨ノ浦女子高等学校奉職
1982年4月 同校ソフトボール部監督
1988年3月 社会科教員免許取得 現在同校社会科教諭
現在、ソフトボール部部長
監督時代の戦績
全国選抜出場4回(2002年 優勝)、全国総体出場7回(最高位第3位2回)、国民体育大会出場4回(5位)、全国私立選抜大会出場10回(準優勝)他
2000年 兵庫県優秀指導者賞受賞
特にバッティングにおいては、独自のレベルスイング理論で全国制覇を達成するなど指導力には定評がある。現在は後進に監督を譲り、日本のレベル向上に努め、全国でバッティング指導を行っている。
組島千登美
1958年生まれ
八代市立第二中学校(熊本)−宇都宮女子商業高校(栃木)−東京女子体育大学
ソフトボール歴
1980年〜1984年 横尾製作所女子ソフトボール部
1984年〜1992年 株式会社デンソー女子ソフトボール部
1993年〜2004年 株式会社デンソー女子ソフトボール部監督
2005年〜2007年 湘南ベルマーレ女子ソフトボール部初代監督
経歴(全日本代表としての経歴)
1979年 大学3年時に日本代表に初選出。5カ国対抗戦に出場
1984年 チャレンジカップに出場
1985年 世界選手権大会9位、日中米の3カ国対抗戦、ジャパンカップに出場
1986年 カナダカップ3位
1990年 世界選手権大会5位、アジア大会準優勝
1994年 コーチとして、世界選手権大会7位、アジア大会準優勝
長年日本代表チームの捕手として活躍後、日本リーグで監督として活躍。
2009 年 4 月からは、 IEC 九州国際カレッジ専門学校女子ソフトボール部監督として学生の指導に当たる。
馬越信行
接骨院千寿堂 院長
昭和37年生まれ
■ 資格
・柔道整復師
・日本体育協会公認アスレティックトレーナー
■ 職歴
岐阜市“やまが整形外科”の勤務を経て、平成13年から刈谷市に
“接骨院千寿堂”を開院。
■主なトレーナー活動歴
・ 豊田自動織機女子ソフトボール部
・ 西濃運輸サッカー部 当時JFL
・ 積水化学バスケット部 当時日本リーグ1部
■ 現在のトレーナーなどの活動
・ 豊田自動織機ラグビー部(トップウエストリーグ)
・ 岐阜アスレティックリハビリテーション研究会
・ 全日本リトル野球協会リトルリーグ東海連盟 メディカル講習会開催
中田まり
清和大学女子ソフトボール部監督、地域スポーツ指導員C級指導員
中学時代はバスケットボール部所属、高校からソフトボールを始め、佼成学園時代はインターハイ優勝、全日本総合選手権大会準優勝。
選手歴
フランスベッド⇒太陽誘電(選手兼コーチ)
日本代表 1985年〜1994年
(86年〜92年…日本代表チームの主将を務める)
日本リーグ1部…優勝6回
(MVP2回、首位打者1回、ベストナイン5回)
全日本総合選手権大会…優勝10回、国体…優勝4回、全日本実業団大会…優勝4回
指導歴
デンソー(コーチ兼選手)、大鵬薬品工業…監督兼選手
増淵まり子
2002年東京女子体育大学卒業。
2002年から2009年まで株式会社デンソー。
ソフトボール最年少の20歳でシドニーオリンピックに出場。
決勝戦の対アメリカ戦では先発投手として活躍し、銀メダル獲得。
2010年4月から財団法人 岐阜県イベントスポーツ振興事業団に所属し、スポーツ指導員として勤務するとともに、ぎふ清流国体に向け、「大垣ミナモ・ソフトボールクラブ」の投手として活躍。
宇津木妙子
1953 年埼玉県生まれ。
川島中学校1 年時からソフトボールを始める。その後、
星野女子高等学校を経て日本女子ソフトボールリーグ
1 部のユニチカ垂井に所属し、1974 年世界選手権出場。
1985 年に現役引退後、ジュニア日本代表コーチを経て、ソフトボールリーグの日立高崎の監督に就任、全日本総合選手権5回優勝、日本リーグ3回優勝。1997年に日本代表監督に就任、世界選手権(翌1998年7月)で銅メダル獲得。2000年シドニーオリンピック銀メダル。
2004 年アテネオリンピック銅メダル。2004年9月、日本代表監督退任を退任。現在はルネサス高崎の総監督として活躍。
かとう由香
スポーツにおける怪我予防研究会(1-sky) 会長/
元気プロデュサー/ 元気倶楽部 代表/
日本ノルディックウォーキング協会認定インストラクター/
財団法人日本相撲協会相撲健康体操認定講師/ お話ドットコム 代表/
ソフトボール上達練習法研究会 会長/げんき笑楽校校長(好調)/
かとう道場主宰/ 元気サロン経営/ 元気農園共育の会/
スポーツマネジメント研究会会員/ ADA能力開発分析協会会員
1960年、愛知県一宮市生まれ。
愛知淑徳高校にてソフトボールでインターハイ出場。日本体育大学に進学しソフトボールでインカレ4連覇。全国大会入賞多数。日本体育大学体育学部体育学科卒業後、一宮女子高等学校勤務。16年間の高校教員を経て、短大広報課長、高校広報課長、高校教頭と6年間管理職に就く。部活動指導歴22年(ソフトボール部9年、テニス部13年)2003年6月乳がん第四期生存確率30%のため入院。
2004年3月 学校法人一宮女学園退職。財団法人東京大学運動会スポーツマネジメントスクール課程履修。2005年1月元気倶楽部全国展開スタート。
2003年6月乳ガン・第四期・生存確率30%と宣告されるも克服、健康の重要性を痛感。これからの人生は、病気の体験を生かして人の役に立ちたいと思い独立、『元気倶楽部』を創立。また、ソフトボールのお陰で今があるので、ソフトボール上達練習法研究会・スポーツにおける怪我予防研究会を発足し、スポーツ現場で役立つ情報の提供を始める。
